レベル感のお話。
周りの5人の平均が自分のレベルだとかなんとか言います。
周りに5人も居ないので、比べることなどありません。
そもそもレベルというものに上下などないし、あったとしてもどうでもいいもではあると思いますが
同じレベルで話ができる人がいないのは辛いことです。
思えば、高校の時もそうでした。
話の合う人がいなくて、わかりやすくいえば僕は逃げるように早弁をして、図書室で本を読んだり勉強したりしていました。
誰ともわかりあえない、 こうなったら勉強ひたすらやってどこでもいけるようにしたいと思ったのでした。そして焦燥感に駆られていました。周りの進学校に進んだ中学の友人はもっともっといい勉強をして、私など追いつけないところにいるんじゃないかと。
焦ってたし、そんな毎日送ってる自分が悔しくて悔しくてね。なんでこんなところにいるんだろうって。朝走っては、悔し涙を流したこともありました。
闇っぽいでしょ。笑
そうしてどうにかこうにか早稲田に進めたわけですが。(早稲田は本当に良い場所でした。いえ、居場所でした)
もう一人の自分が思います、「この懐古主義め、今も高校生の話を出してくるのか、お前は何一つ成長してないじゃないか」、でもこうも思います。「案外、人生なんて、そんなもので、小中高大学、その経験が人の中でしっかり生きているのだ。」悔しい想いが人を支えることもあったり、がんばった事実が人を支えたり、今でもあの人のことを思えば心が落ち着いたり、あの人のことを思えば不愉快な感情が生まれたり。
そういうのが26年間生きてきたという事実なのでしょう。そしてそういうものでしょう人生なんて。
ちょっとずつすこしずつ重ねるものなのよきっと。
今、必要なのは、一人でがんばることかもしれません。昔を懐かしむことではなく、前に歩いていくことです。誰にも見せられない姿。きっと肩書きとかの問題ではなく「納得」の問題だろうと思います。納得できるまで。あるいはプライドが高いというのかもしれません。
今も焦ります。自分以外の社会人はきっともっとテキパキ仕事ができてそれこそお給料ももらって充実してんじゃないだろうかって。私は多分最下層なのではないだろうかって。社会で私って通用するの?っって。
まぁ休むことも含めて最大出力で、がんばれたら……いいな、と思います笑。
すべての1を進めて10進むタイプの人間。