handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

感度

自由に生きることに関する感度

気を遣わないことに関する感度

底で感じてることに関する感度

 

それが高いだけ。おそらく。

みんなが間違っているわけでも、見て見ぬ振りをしているわけでもない。

 

感じない、もしくは鈍っている。

 

だからその分野では多分心地よいのはこういうことだろうと一歩先の未来を見せられるかもしれない。

 

戯言かもしれない。

「新しい」のある生活

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今日ドラムを叩きたいと思って

初めてスタジオを個人練習で借りて

叩けないドラムをダムダムドスドス叩いて

 

初めてスタジオのアンプにエレキを通し

スタジオマイク伝いに発声し

スタジオの外部出力からミスチルを流したりした。

 

一連のこと、わからないことも多くて

機材の動かし方やらなんやらわからないこともあったけど操作していくうちに知ったりして

 

その前に音楽で全然生きてない私がスタジオの会員になんかなっちゃったりして

 

ともかく好奇心だけでいろいろやったけど

こういう「新しい」があるのはとても良いことだなぁと思った。

 

わからないことに飛び込んでみたり

好奇心がそれに打ち克てたり

 

そりゃ経験者からすれば微塵もないことなのですが。

 

自分からやった「新しい」があることはとても良いことだと思ったし、そういうの続けたいと思ったしせめて1年に1回でも「新しい」があるような生活をしたいと思った。

 

 

ギターを持ってスタンドマイクの前に立つ自分を鏡で初めて見た。

 

 

素質

素質がないっていうより興味がないって言った方が多分正しい。

 

コミュニケーションも素質云々、陰キャとかじゃなく、興味がないというか、これ以上にどうこうしようと思わないというか、もっと良いものがあるとか、コミュニケーションを取ることによって素敵な未来が…とか、思えないから興味がなくて素質がないんだと思う。

 

別に他人とコミュニケーションとるの嫌いとかじゃないけれど、そもそも人の好き好きはそれぞれで、喋りたかったら喋ればいいし、そうじゃなかったら静かにしててもいい、交わりたかったらそうすればいいし、そうじゃなかったら距離置いててもいい、みたいなスタンスだからそれをより良くするとか、そういうのは思わないのよね。

もちろん、誰かがそうしたいのにそれができないことは嫌だから、そういう意味でのコミュニケーションは図られるべきだとは思うし、そういうコミュニケーションの改善はしたいと思うけど、それを使ってどうこうまではいかない。

 

 

自由と責任。

代表とか発起人とかが楽なのは

ゲストではなくホストだからじゃないかと思ってたけど、多分違くて

人と違う部分、合わせる必要がありそうなところもあわせる必要がないほど自由であって、

その自由である代わりに負う責任は元からの責任感みたいなものでカバーできるから(そんな負担になってない)だと思った。

 

なにかを得るならなにかを失うとか

休みを主張するなら働けとか、そういうこと言うけれど、そういうのじゃないと思う。

 

説明するとなると多分、責任感故に、ほぼほぼの組織に属した時点で私は自由じゃなくなる。

自由でなくなった私はほとほと沈んでいく。

んでその組織から求められるものや拘束が少なかったらまだ他の道を見いだしたり、そういう負担が苦にはならないのだけど、

拘束が多いとその時点で自分の責任感故に身動きが取れなくなっていく。

 

ってな感じかな〜と。

 

そりゃあさ、どのポジションでも才能発揮できるプレイヤーなんておらんよなぁ。

 

自分で責任のとれることか

拘束や求められるものが最小のもの

 

 

場面

場面場面で仕事として関われる(許容)ポジションを考える。

 

布団に入っているなら、布団職人、販売人、配送者、建築、販売、デザイン、生産管理、バイヤー、広告、とかさ…いっぱい関わる方法あるじゃん。

 

1番想像しやすいやつを。

亡くなってから

自殺で亡くなったのに、対応に問題はなかったって誰が言えるのよ。

 

どこかに問題はあった、それは学校かもしれないし、家庭かもしれないし、それ以外、もしくはその全て。

 

その子がもし生き返ってくれたのならどういう接し方をしようと思うのかちゃんと刻みましょうよ。お願いだから。

 

 

自分の捨てられないもの案

解決可能に思えるちょっとの課題を(できれば人と)解決すること

 

単純に遠くに行くこと(できれば人と)。

 

大切な人ができたら優先順位は変わる。その人と過ごすことが無上の喜びになるかもしれない。

 

考える時間や新しい情報を得る時間がきちんとあること。週に5時間あること。