読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第2幕。

試験(は10年前でした)

週末はセンター試験だ。

大雪の予報もあるみたいで、どうかお気をつけて挑んで下さい。

 

この歳になって思うけれど、センター試験は厳しく言えば

勝者と敗者のボーダーラインがはっきり引かれるいわば試合だ。

そして人生においていくつかある試合のうちのひとつだ。

おそらく20歳前後の自分にとってはその試合が人生最大の試合かもしれない。

勝者や敗者などを好むと好まざるにかかわらず意識させられるかもしれない。

 

これまでの努力や我慢が実を結び、大いに健闘できることはもちろん祈っている。

がんばれ。マークシートのずれだけは気をつけろ。

 

 

でも、結局勝者と敗者に分かれるのがこの試験というシステムだ。

それはおそらく残念ながら単純に”どれだけ努力をしてきたか”で決まるものではないだろう。たまたまど忘れすることも、たまたまマークシートがずれることも、たまたま覚えたところがでることも、たまたま冴えてることもあるだろう。

 

でも、結果は非情だ。自分より勉強してないやつが受かることもあるだろう。自分より勉強したやつが落ちることもあるだろう。

その時、「努力は必ず報われる」などと言えるだろうか。単純に努力が足りなかったのだろうか。

 

綺麗事に聞こえるかもしれないけれど、10年経った今思うのは、

確かに結果はもしかしたら運に左右されるかもしれない、でも、努力や行動は運ではなく、何に左右されるものでもなく自分が決められる"選択"であるということ。

書店にいって良さそうな参考書・問題集を探そうとした行動、わからないところを先生に聞きに行った行動、深夜にひとりで机に向かった行動、単語帳を何回も何回もめくった行動。すべては自分が選んで、選択してした行動だ。

その行動を選択したということが一番尊いと思う。

 

今は試験が人生最大の試合かもしれないけれど、人生における試合はこれからも結構多い。社会人・恋愛・スポーツいろんな試合がきっといろんな場面であるだろう。何も1回の試験だけで全てが決まるわけではない。決まるわけではないし、結果がでたら出たで次の手を考えなければならない。何かを選択する、行動する、その結果を見て聞いて感じて、また考え、新たな選択をしていく。生きていくって結構そういうことだ。ちなみに生きるほど人生の難易度はあがっていく。

 

でもそのときに、どれだけの行動で物事がどうなるのか、ましてや一度地獄を見るとどうなるのか、どれほどの努力によって実を結ぶのか、試合に勝つというのはどういうことか、試合に向けて努力をするというのはどういうことか、知っているというのはとても重要なのだと思う。

 

私が挫折経験をしたのは試験ではなく、今この瞬間なのだけれど、これをもし試験のときに味わえていたら人生はもうちょっと変わっている気もする。いい意味で。

 

だから結果に一喜一憂するな。と前日に言うのもなんだけれど笑。

すべての人に良い結果はもしかしたら出ないのかもしれないけれど、それでもそのために選択した行動は「自分」そのものだ。

それがきっとまたあなたのゆくみちを照らしてくれますように。

失うものなどなく、考えたこと行動したこと、それら全てが糧になる。

 

深呼吸。

 

 

人間はなんだかんだ人間が好きな話。

人間はなんだかんだ人間が好きだと思う。

私は今のところ人間が生きることの本質はコミュニケーションだと思っている。

 

人間の生活はコミュニケーションによって支えられている。

毎日顔を合わせる人、家族、友人、仕事の人、コミュニケーションするからこそ満足を得られている部分もあるだろう。(それ故に苦しんでいる方もいるかもしれない)

 

じゃあ、1人が好きな人は、引きこもりは、動物好きは「コミュニケーションしてない」かといえば、そんなことは無いと思う。

着ている服、住んでいる家、歩く道、あたたかい料理、洗濯機が回ること、看板があること、インターネットに繋がること、飛行機を手配すること、犬が喜んで飛んで来ること、ネコが擦り寄ること、どれもコミュニケーションだと思っている。人が1人だけで生きることはほぼありえない。

 


祝!九州 九州新幹線全線開CM180秒

 

このCMを久しぶりに見て、人のチカラの偉大さを感じた。

なんというか、人がポジティブな感情で集まり、表現されることってこうも心を動かすものなのだ。

 

(CMなんていうものは、コミュニケーションの代表格かもしれないね。)

 

コミュニケーションをするひとつの要素に「手間を感じる」ということがあると思う。

 

このCMだって僕が感じるのは大いなる"手間"だ。

まず、沿線に出てくるのに手間がかかる。手をふるのも手間がかかる。

ましてや、横断幕を用意するのも手間がかかる。歩道橋に並ぶのも手間がかかる。

新幹線が通るまで待ってるのも手間だ。そこで一芸を披露するのも手間だ。

それを1本通しでカメラを回し続けるのも手間だ。

あるいは誰かはそれを「凝っている」と表現するのかもしれない。

 

その手間ひとつひとつを頭や心のどこかで感じられたとき、すでにコミュニケーションは成り立っている。別にコミュニケーションは毎日顔を合わせなくても、一言も喋らずとも成立すると思う理由だ。

 

その手間が想像を絶し、それでもそれを超えて何かを成そうとするとき、それを超えて何かが花開く瞬間、(涙が流れることもある)それはとても美しいものだと思う。思ってしまう。スポーツ選手のそれも、受験生のそれだって変わらない。

幾何学的に綺麗だとか、デザイン的に、美的センスが、美学が、というのではなく、人のもつほんとのパワーが満ち溢れているように感じられる。

 

それを美しいと思うのは、自分が人間だからだと思う。

人間(私)はなんだかんだ人間が好きなのだと思う。

 

 

 

 

元日

明けましておめでとうございます。

旧年中はブログをお読みいただきありがとうございました。

後半はほぼ更新ができず、する暇がないほど思考(試行)錯誤ばかりでした。

 

2016年は勝負の年だとか、苦しい年でしたが

2017年はトリ年ということもあり、飛躍できるように歩んでいきたいと思います。

 

元日はDragon Ashから始まりました。

朝日の中ランニング初めとなりました。

 

本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 

今年の主役がいました。2017.01.01

f:id:naga-yu:20170101094311j:image

人生ちゃん

僕が生まれてから今までずっと隣りに「人生ちゃん」がいるとして、

その子が僕に何を期待しているかを考える。

 

僕が人生ちゃんに期待するのではなく、人生ちゃんが僕に期待しているのだ。

誰だ「人生はマラソン」って言ったのは。


いいなCM リクルートポイント 池松壮亮 すべての人生が、すばらしい

 

2分ほどなのでちらっと見ていただけると。

 

 

 

結構言いたいことの9割くらい代弁してくれているCM。

 

リクルートが作っているのが皮肉だ、という声もありますがそれはひとまず置いておいて。

 

素晴らしいCM、中身のメッセージと演出もさることながら、これだけのエキストラと道路使用と、撮影場所の多さという手間を感じるとより一層深みが増します。

 

今をときめく池松壮亮さんが出てるところもいい。

 

人生はマラソンじゃない。「人生はマラソンじゃない」じゃない。

 

残業とか

あまり時事のことに首を突っ込むのはやめようと思うのですが、ちょっと書きます。

 

電通で過労死された方のお話。

なんで東大出て優秀な方が(とあえて書かせていただきますが)一企業に殺されなくちゃいけないんでしょう。

 

これを聞いて「週100時間なんてたいしたことない」とか言う方もいらっしゃるようです。

 

こういうのを持ってくる方っていうのはそもそも、前提が違っていて、いろいろあるんですが

 

1、月100時間残業できることの(誤)認識

2、大手企業(電通)=優秀だという(誤)認識

 

これが食い違う原因だと思ってます。

個人的には100時間だろうがなんだろうが、残業は究極どっちでも良いと思います。圧倒的に時間をかけないと進まない物事(ステージ)も確かにあると思うし、それが好きで好きでどうしようもない人は別に心血注いでできるだろうし、それ故にアウトプットも高次になることもあるのだろうと思います。

そして究極的にはそういうのが(可能性は多いとは言えないと思いますが)、自分の天職やー!と出会ってその仕事につけることは結構幸せなことなのではないかと思います。

 

多くの人が言うように、これを全ての人に押し付けるとなるとちょっと違いますよね。そもそもその物事は誰もが熱中できることではないでしょうから。熱中してる本人は「できるよ!」と思うかもしれません。でも多分それはあなたが結構幸せな部類に入っていることを自覚してません。もしくは「それに出会おうとする努力不足だ!」とか「なんでも本気でやれば楽しくなるよ!」というかもしれません。

そゆ人は例えば、「道路にいるアリの数を数えるのが君の仕事だ。(残業は100時間超える)」と言われてできるんでしょうか。

多分稀に本気で楽しめる方もいると思います。○タミ社長なんかそうかもしれません。

それはそれで才能であると思います。でも誰もが持っている普遍的な感情じゃあないことは想像できます。残念ながら想像できない人も多分います。もしそういう人たちに囲まれてしまったら、逃げるしか選択肢がないのだと思います。今回のことはもしかしたらそうだったのかもしれませんが、周りの人間が仕事を好きで好きで自分のアイデンティティだと思っている人たちばかりだとしたならば(優秀な人が集まる企業でそんな誰も自分以外の他人への想像、前提が違うという可能性に気付けないで、何が優秀だ、と言いたくなりますが)、助けられる人が近くにいなかったのかもしれません。

 

2、についても、前述の好きで好きで仕方がない人が電通という企業名を通して世に出て行くことで、その人が好きで好きで心血注ぎまくったアウトプットが面白いというだけなのですが、電通=面白い=優秀な人がいくのだ

というような図式ができちゃったのかなと思います。電通に入ったから優秀な人なのではなく、心血注げるある意味クレイジーな人が電通で結果を出しただけなのに。いやもちろんそもそも大企業での規模のメリットや既存顧客や看板の大きさなど使えるものもたくさんあるでしょう、でも、優秀だから行くところではなく、心血注げるから行くところという認識をしていた方が良さそうな気がします。もし心血を注げるはずだ、と思って働いたけどそうではなかった、と気づいた場合、やっぱり落としどころを見つけないといけません…と書いてて思ったけどきっとこのパターンだったとしたなら、自分のプライドというか意地というかもちろん雰囲気もあるでしょう、新卒で1社目ならその塩梅も判断がつきかねます。そういうのもあって引けなかったんだとしたらさぞ辛かったろうな…と思います。そしてそれは想像に難くないし、自分でもそういうっ気を感じることはままある(逃げる選択肢を取らず命を落とすことを想像すること)からです。

 

電通が日本社会の縮図となるならば

 

もしこの話がクレイジーな話ではなく、会社のあるあるとして語られるのならば、それは日本の大部分でこういうことに近いことが起こりうるということになります。

そうなってくると、つまりざっくりいって、会社とか社会とか人材マッチングがうまくできてないってことです。

 

マッチングがうまくいってないなら一万歩譲ってそうだとして(解決の余地があるとして)、日本の大部分がそうだったのなら、(心血注げない)優秀な人はそんな企業(日本)からどんどん出ていくでしょう。だれがそんなところに自分の時間をかけたいと思うのでしょう。

 

という日本に違和感があるなら

 

日本社会の美徳は変わらない、とか言い続けても誰も得しません、結局変わりません。

 

個々人ができるレベルまで問題を落とし込まないといけないと思います。

心血注げる人でない場合、いえ心血注げる方であっても周りをよく見回して、

 

・残業はできる限り金輪際0

・残業してエライ感じの呟きをしない、自慢しない、自虐もしない。

 

は心に留めたいと思います。

 

 

我々の先輩は飲み会だって断るようになって会社の飲み会だって強制参加なんていう風潮も大分少なくなったと聞くし。我々が残業に首を振り続けないと負の連鎖が終わらない。

 

そういう生き方をしたいのに、自分がその生き方をしないなんて矛盾してるでしょう。1人の行動がだんだんと伝搬してきっと地位を得るはず。そして前を行く人は前例がないなかもう進んでる。そういう人についていかねばなるまいよ。

 

社会に文句を言う前に、期待する前に、できることを。

彼女の命や同じような方の命を無駄にしちゃいけない。方法としては賛同できないかもしれないけど、世間やネットに一石を改めて投じていただいたこと、その波紋の波は途絶えさせちゃいけない。

 

と思いました。

 

 

人の死

今朝訃報が届いた。

 

人の死はいつも信じられない。

信じられないと言うか現実味がないというか。

そもそも長い間連絡を取っていなかった人というのもあるかもしれないけど。

これをどこに吐露する宛もないので(そもそも吐露することの分別も今のところわたしについていない。)ここだけにそれとなく。

私が初めて"付き合った"人だ。同級生。

付き合ったといえど、高校1年くらいなんて付き合い方なぞてんでわからず、毎回連絡するのもなんか恥ずかしいというか、私が部活に専念しなきゃと思いすぎてて節もあって、あまりできず、結局"付き合った"という契約はあったかもしれないけど、それらしいデートやらなんていうのもなく、なにもせず、結局比較的早く別れてしまった。

Facebookでなんとなく薄い繋がりはあったので、数年前に結婚して今では楽しい生活を送っているように思っていた。(しばらくの間、Facebook上で見かけることはなかったけど)

どうして亡くなったのか、まだわかりませんが、つい先月に友人が亡くなってまた訃報を聞くことになるとは思ってもみなかった。ふたりとも若すぎる。

 

時間は短いと思う。今日できる範囲のことは最大出力しなければと思う。

うまく"消化"なんてきっといつまで経ってもできないのだと思う。

 

わたしは今日その日、いつも以上にいつも通り過ごした気がする。

通夜は明日。世界は、時間は待っちゃくれない。

言葉

ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ (地獄でなぜ悪い/星野源

 

 

どうでもいいですけど、最近のバカリズムさんは今までの芸人ステージより1段上がった感じがします。なんというか格段に面白くなりましたね。なんででしょう。

 

30歳頃、貧乏で銭湯に通わざるを得なくて、銭湯にはいい思い出がないと話していたけど、いまや私にゃ一番輝いて見えます。

 

 

かいまみ 当日の現場から

 

ドタバタありましたが終えました!かいまみvol.02 in 六本木!

 

前回のvol.01からお客さんは倍増!(元が小さいとか言わない・・・!)

10数名の方にお越しいただきました。ご来場誠にありがとうございました。

今回のスピーカーのお話もとても興味深く、楽しいお話を聞けたのではないでしょうか。(だとしたら嬉しいですが!)

 

順を追って。

 

●若者世代の扱い方-行動基準は他者にあり?!-

f:id:naga-yu:20160910102412j:plain

 

●危険なお仕事のオフレコ話-中の人が思うには-

●大人がハマるサックスの世界-鑑賞から演奏-

●ビジネスとしてのエンタメ業界入門

●お金よりも大切な突破力-貧困と教育-

 

いや~どれも興味深いですよ。

正直当日は、裏方なので時間と写真とTwitterを気にしてるばっかりでアレだったのですが笑。当日までの話を聞くだけで、興味深いことは確信できていたので大丈夫です笑。

 

聞きに来てくださってる方が、笑ったりとか「へぇ~」と言ってくれたりとかそういうので、びくびくしながら聞いてる心がすこし和らぐというかそんな感じです。笑

実際そういう知らない世界のことに触れられる良い機会になってもらえてるのではないかな・・・!と思います。

 

ぜひFacebookページもあるので(近日中に写真アップされます)

http://www.facebook.com/00kaimami/

 

イベントに興味持たれた方は覗いてみてください~!

 

ごんちゃんのブログでもそこら辺のところ言及してますのでどうぞご参考に

phantom-gon.hatenadiary.com

サックスの話をしてくれたあっきーが明日(日付変わって今日)に新宿でライブをするそうなのでそちらを聴きに行こうかと思います。

 

とりあえず今は総括もクソもありませんが、終了ご報告ということで。

楽しかったです。気を遣わないというか、いやな気の遣い方じゃないというか。

ともかくみなさんポジティブな雰囲気なのでとても◎です。人見知りが人見知らずに

いられる空間。

 

ありがとうございました!また!