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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

人生を賭ける価値

趣味、ひいては何を良いと思うか、

どういう言葉を聞きたくないかとか、

どういう場が居心地いいかとか、

と話のテンポが合ってたら人生を賭けるくらい価値がありますでしょう。

 

それに加えて外見とかが自分の好みだったら来世くらい賭ける価値があるでしょう。

 

来世で会えたらいいな〜ってくらいで現世を見送るしか。

 

 

弘中ちゃんは言っておりました。

「結婚ってしなきゃいけないのかなと考えている人間。なんでこうも世間は結婚しなくてはいけないのか、もしくは結婚イコール幸せと考えているのか。一元的な発想にちょっと胃もたれって感じ」

 

それはそうと、弘中ちゃんが出演したオールナイトニッポンめちゃくちゃ面白かったな。

やって喜べること

やらなかった後悔よりやる後悔とは言えど

後悔するとわかっているならやらない方がマシだ。

 

やらなくて喜べることと、やって喜べることがあるなら断然やって喜べる方を選べ。

 

そんな答えは出ている。

 

やらない後悔なんてことは考えなくていい。

 

必要なのは、もしやらなかったとき、後悔したとしても、それを選べなかった自分を認める勇気だ。それさえあればいい。

後悔する自分を含めて自分だ。

 

何を選んでも何を選ばなくても後悔はする。

 

後悔するかしないかなぞどうでもいい。

後悔しないために生きてるわけじゃない。

 

やって喜べることをやっていこう。

 

 

参照:めだかボックス

 

サカナクションめちゃいい

なんで今まで(有名なやつは)聴いてはいたのに

気づかなかったのか。

 

わたしはサカナクションに全然追いつけていなかった。

理解できていなかった。

 

 

今改めて聴いて、なんてことやってるんだと驚いた。何がどうとはいえないけれど、たしかに新しいことで、今までの常識を土台にしてアレンジをしている…。(カウンターと自らが言うように)

 

気づくタイミングってあるものなのね。

それが必要な時に。

そして腹に落ちる納得感がある時に。

 

それ以外のタイミングで近づこうとしたって無駄だった。(そしてそれはわたしのサカナクションでいう数年前だろう)

 

発言に気をつけよう

ブログは気をつけないけど笑。

 

思うに、言葉って大事で、

わたしが使っている言葉を好きになってくれたらそれは素敵なことだし、相手のそれもまたそうであるのですが。

 

じゃあそれが起こるようにするにはどうしたらいいか考えたところ、

 

わたしが好きな人をイメージして、その好きな人がそれを好きになってくれたらわたしもその人を好きになるような言葉や表現をすることが大事だと思ったのです。

 

たとえば、毎日、うんこうんこ言ってるその言葉を好きになられても困るわけです。

困るし、そしてうんこうんこ言う人を好きな人をわたしはきっと好きではない笑。

 

わたしの好きな人が好きであるようにわたしはもっと発言に気をつける、正確に言えば気を払うべきなのです。

 

ブログには払いませんけど笑。

 

まぁほぼかわらない、表現の微妙なニュアンスとかなんだろうけどね。

幸せとは

ちょっと難しそうなことを気の置けない人とやること、遠くに出かけること。

これが私の幸せに近いことだと今のところ思っている。まぁここら辺の概念混じると大体めっちゃ楽しい。

 

それより上位に好きな人とただ過ごすことを持ってきたいんだけど、そこ空白やねん!!