handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

取。シンパ消費。シンパの話。

取、という文字の成立ち聞いたことあります?

 

「取る」っていう字は敵を倒した証明として敵の耳を切り取ってた話からきてるってのを

 

私は聞いたことがあります。

小学校の先生から。

 

 

今聞くと、「野蛮かよ!」って言いたくなりますが、これ昔は別に野蛮とか思われてなかった(からそれが成り立った)ということなのかなと思ったのです。

 

もちろん「野蛮だ」とか「気持ち悪い」とか「非人道的だ」とか思う人もいたでしょう。

 

だからこそその声が大きくなりそんな風習がなくなったのでしょう。

 

つまるところ、相手の嫌なことはしちゃいけないよみたいな感覚って伝染するのか、そもそもみんな本能的にそういうこと「いやだな」って思う感覚って備わってると思うんす。

 

 

んで、なぜそれが無くなってきたかという流れを汲むと、

共感できる感覚が敏感になってきたからだと思うのです。

 

んな、インターネットの情報伝達とかシェアとかそんなことの前に、目の前で起きていることの、快感、不快感みたいなものに対してより敏感になってきたという流れだと思うのです。

 

 

だからなんでもシェアしたがる感覚(それを楽しむ)っていうのはそういう流れの延長線上にあると思うのです。

 

 

つまり、シンパシーの話なのです。

コト消費とか言われてますけど、多分違います。

シンパシーで消費している、シンパ消費です。

 

インスタ映えするのがいいんじゃないんです。

 

これ良いと思われるだろうな(シンパシー感じてもらえるかも)、と(参加者)が思うことが大事なのです。

 

それは単純に映える映えないの話ではなく、

共感できるかできないかの話なのです。

共感と同調は別ですが。

 

だからリアルタイムに寄ってきたのです。インスタグラムのストーリーも。ユーチューバーのゲーム実況も何が楽しいのか言語化できてなかった。

その熱量や感覚が伝わるのはその時(今)が最大値だから。

 

それが今の流れです多分。

 

だから企画やクリエイティブや戦略もそっちに寄せた方が良いでしょうね。