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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

エンターテイメントの価値

エンターテイメントの価値ってなんですか?

最近、価値価値いうことにちょっとだけ(ちきりんさんのおかげで)ハマってます。


価値の因数分解
果たして私(という、いちユーザー)は何を価値だと思っておるのでしょう。


学生時代からエンターテイメントの価値というのはひっかかっていたのでこの時に乗じて考えてみたい。



まずエンターテイメントの価値って、楽しいことだと思うんです。

楽しいってなんでしょう。
漫画もエンターテイメント?インターネットもエンターテイメント?株もエンターテイメント?

と考えると、エンターテイメントはどうやら、人を楽しませる目的で作られたものに対してしっくりくるような気がしますね。上記の例だと漫画が一番近いかな。他は楽しませるのが主な目的ではないものね。


と、ダンスとかライブとかが結構エンターテイメントとか言われてしっくりくるものの最たる例なんですが。

でも上手いダンスにはあんまり興味がないんですよね。人間離れした動き!とかそういうの。
ライブもCDで聴いてるほうがいいじゃんとか昔思ってましたし、よほどなアレンジか演出がないと今でもそう思います。

好きなアーティストを生で見てみたいっていうのはあるかもしれません。でも今まできちんと行ったライブが人のチケットを譲ってもらっていったap bank fesくらいなので、行きたいなーとか言いつつ多分そこまで心を動かせていない自分もいます。


だって、上手いダンス見て私に何が起こるっていうのさ。やる楽しみはあれど、見る楽しみはあんまりない。

上手くないけど(もちろん上手いほうがいいに決まってる)、演出が考えられてる、とか、あーそういう振りがあったか、とか、計ったようにピッタリ、とか、なんていうか、普通にできそうだけど、普通じゃ辿り着けないものの方がすごいなぁって思うんですよね。私。

だからどんな上手いダンスよりも(あんなに単純で、日本らしさが伝わり、全体でも個人のレベル感でも楽しめる)ソーラン節考えた人凄くない?って思ってしまう。

ザ・エンターテイメント!みたいなのってあまりわくわくしない。シルクドソレイユ見てもわくわくするのかどうか謎である。

きっと私の感じる楽しさはこうだ。
日常と非日常の境目。平凡と非凡の間。
そこに楽しさが潜んでると思っているんだ。

これは私の趣向なのかもしれない。

上手いダンスは需要があるし、それを見て楽しみ感動する人もいる。
わかりやすいニーズ。

そういうものよりか、あーそうきたの!それは(できたのに)できなかったなぁ!ていうものに惹かれる。

下駄で踊ったり、STOMPしたり、
企画を考えたり。

あー、そうか、上が見えると楽しくないんだな。だって上行けばいいだけじゃんってなっちゃうからだ。
ザ・エンターテイメントがあるならディズニーやらマイケルジャクソンやらにお任せしよう、みたいなさ。
ロックダンスの上手さで楽しむというなら世界チャンピオン連れて来ればいいじゃん、とか。(連れてこれないなら日本チャンピオン?関東チャンピオン?一体どこまでが許されるの?)

もちろんそういう上手さとかも大事なんだろうけど、本質的にはそういうのより、ダメなものを凄く見せるほうが面白い気がする。

答えが無数にあるものとかね。


あるいは、自分がやる意味があるからかもしれない。



それ君がやる意味ある?
それに答えられれば楽しめるんだろうなぁ。


だからもう、エンターテイメントそれ自体にはあんまり興味がなくて、エンターテイメントのなんの構造が人を楽しませているかってことは楽しいけど。


シルクドソレイユの楽しさってなに?
なんでテーマがあると楽しいの?
マイケルジャクソンの楽しさってなに?
なんでダンスが上手いと楽しいの?


あれ、もしかして
自分ができなさそうなことに価値を感じるタイプと
自分ができそうなことに価値を感じるタイプがあるんじゃなかろうか?

僕は後者っぽいけど、前者もいるのかもしれない。

できないことが価値なのかもしれない。


うーん、ちょっと答えが出そう。


考えます。