handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

味覚以外のおいしさ

料理(と呼べるのか)をちょっとだけするようになってから

 

飲食店のご飯が、これは今日のために炊かれた米なんだな〜と思ったり

この粒立ちいいな〜硬さがいいな〜とか思ったり

 

調理場が見えるところでは

焼きながら洗い物してる!

とか調味料のさじ加減はどれくらいだ?

とか思うようになった。

 

この味はすぐには出ないだろうと思ったり

盛り付けもきれいだな〜となったり。

 

尊敬を加味して食べてる。

 

 

多分もともと味覚にそこまで興味なく

おいしさはある閾値があってそれを越えれば

すべて「美味しい」で表現されるものだと思っているけど

 

そういうもはや味覚視覚とか以外の「尊敬」も

おいしく感じられる要素なのだと実感した。

 

世界の解像度があがる。

 

 

もちろん、例えばジャンクフードをおいしいと思う気持ちも変わらないし、そういうものを美味しいと言っていたい気持ちもある。

ただそれとはまた別の美味しい以外の指標も存在するんだな〜と自覚したという話。

 

 

絵画の点描に思うところとちょっと似てる。

あれは見ている人が絵だけでなく、それができるまでの手間を受け取っているからインパクトがあるんだよね。

 

なんかそんな感じ。

ただの手間ではなく熟練された手間。

だから今目の前にこれがあるとわかる。