handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

「今ここにいること」に意識的になること

「いまここにいること」に意識的になると

休み明けの月曜日も多少憂鬱さが軽減されることが分かった。

なんでここにいてどこに向かおうとしているのか、ふと立ち止まって考えること。

 

多分無意識的な惰性が好きじゃないんだと思う。何にしても。

なぜここにいるのか何をしているかわからないってのは私にとって鬱なことだ。

 

考えて考えてここにいるのが違うと思えばそれもまたそうだろうし

考えた結果ここにいるのであれば、それが自分で選び取った選択なのだろうし。

 

とにかくこういうことを考えなくなると

なんで私がここにいるのかわからなくなって

「何しているだろうなぁ私・・・」と鬱々とした気分になってきてしまう。

何かができたできないではなくて

何も出来てはいなくても、私は今こういうことをやっていて

少しずつでも1mmずつでもいいから進んでいるっていう実感を持っていないと

そしてそれがなんとなくの方向を持っていることを実感しないと

本当に気分が下がる。

 

逆を言えば、迫り来る社会とかを両手広げて待ち受けて

(あわよくば自分から掴みにいって)、今いる状況を把握しようと試みて

次はなんとなくこういうことがしたいと思っている状況であれば

それは自分で選んでいることなのだ、って自覚が出て

自分の人生を自覚して生きていける。

少なくとも自分の人生に責任が持てる。

 

無意識的な惰性。

こいつをやっつける。

 

と、こんなことをぼんやり考えながら

朝のニュースで本田圭佑さんの特集をしていて

あの人の自分の人生の意識的な姿勢というか自覚的なところは

本当にすごいなぁと思ったのでした。

いえ、彼だけじゃなくきっとある一定のレベル以上で活躍される方は

みんなそうなのだと思う。

自分にプレッシャーをかける、って言葉がずがーんときた。

今私は自分にプレッシャーこれ以上かけたら潰れそうだ・・・。(笑)

 

その前に成功体験を積まなきゃいけないと思っている。

その繰り返しでしょうからきっと。

螺旋階段を登るように。