handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

ふぁぼられ。

無意味と無価値って一緒のようで違うと思うんですねー。無意味だけど価値あること、無価値だけど意味あること。

 

やらずに後悔するよりやって後悔する方がいいという言葉があるが 私に言わせればやりたいことをやっておいて後悔するのなら そんなものやらないほうがよいに決まっている」ただ 「やらずに満足するのとやって満足するのでは 断然後者を選ぶべきだぞ。」

 

「まあね、でも人生は本当にいっぺん絶望しないと、そこで本当に捨てらんないのは自分のどこなのかをわかんないと、本当に楽しいことがなにかわかんないうちに大っきくなっちゃうと思うの。あたしは、よかったわ。」(キッチン/吉本ばなな

 

いると、めんどくさい。いないと、ものたりない。

 

 

 

私、何かと判断が鈍いのはきっと(もっとも優先すべき)基準を1つに絞れていないからだと思うんです。

仕事をするにも、何ができてたらいいのか、何に関われてたらいいのか、給料か、休みか、やりがいか、人間関係か、やっていることか、とかいろんな尺度で測りだすからわけがわからなくなって、行動もできない、そんなうちに時間が経って、何も身についてないとか最悪の自体になってしまうんだと思う。

 

仕事の場合はちょとまたあとで考えますけども、

 

今回は恋愛で悩んだ末に、うぬうぬうぬ、悩んで

 

「結婚して40年経った今でも話していて一番楽しいのは妻。」

 

と、ある学部長がおっしゃっていたのを思い出して

(それが痛烈に頭に残っていた、メモツイートもしてた。)

…これだー!!と思ったのでした。

 

コレを言える相手だったらずっと付き合って結婚しましょうと、

そう思ったのでした。

顔とか性格とか身体とかリスクとれるかとか全部ひっくるめて

コレを言えるかどうかを基準にすればいいんだな、って

ぱぁっと開けた感じなのでした。

 

次は仕事や。