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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

なんだか恋愛的に

なにか起こった人ってその後が気まずかったりする

何かを、正確に言えば身体的接触だろう。

それ以外でいくらうだうだしても別に一定期間過ぎるとケロッとする。

いや、それは人によってであって

もしかしたら僕が、そう、なんだか違和感を感じるだけなのかもしれない。

一般論にするとしたら、恋愛的に好きになる、

ここで言えば身体的接触がある人って

その人と自分との間に

一定の溝があると思うのね。

一定の溝というか距離というか、領域というか。

それを埋められるのが恋愛感情だったり、身体的接触であって、その人とは、それによって関係が成り立つ関係であるんじゃないかなと。

だから、そういう感情がなくなったらまた溝ができてしまう(疎遠になる)のは当たり前のことで。

また同じように…なんて難しい気がする。梯子となる感情がなくなったらそこを行き来できなくなってしまうからね。

(というかあれだな、また変わらずにいようね!、とか言う方が大体あっけらかーんとケロッとしてるよね!(笑))

じゃあ、友達はどうなの?

と考える。

おそらく友達には始めから溝がない。

溝がないから梯子(恋愛感情、身体的接触)も必要ない。

それ故に友達でもあったりするのだろうけど。

埋められない絶対的な距離ってものがないんだろうな。

だから仲良くなれる。

なるほど、

恋愛はべったりベタベタゼロ距離よりもある一定の(精神的な)距離感も必要なんじゃないのかなー、と思うのです。

というかもしかしてそれがあって恋愛感情って成り立ってんじゃないの…?

ってことを最近思ったりする。

全然別の話

好きなことで食っていかないとそのキャリアは積まれない。

だからなまじバイト、仕事をして、自分で稼いで自分で生きてる気になるっていうのは怖いことだと思う。

だったら親のすねをかじってでも、しゃぶり尽くしてでも生きていって、私は自分の力じゃまだ生きていけなくて、親にどうにか生かしてもらってる!恥ずかしい!って自覚しながらもっともっと24時間好きなことをやってキャリアとして積んでいかなきゃ、って追い込んだ方がいいと思う。

目先に踊らされるな。

ふざけんな。

甘えんな。

勝負していけ。

私も。