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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

振り返ったら笑える?

確かにね、誰が誰と付き合っていたり、付き合い始めたり、それは祝福すべきことだと思う。

例え、自分が好きだったり、気になる相手だったとしても。

でも、そうとは思うのだけど、それって実感が伴っていないからじゃないかなーとも思う。

もっと具体的に、◯◯くんのここが良くて!

毎日◯◯してて!とか、朝◯◯なんだよね!

とか聞くと多分うんざりするのだと思うし、

多分おちおち聞いていられないと思う。(笑

じゃあ好きなの?と聞かれたら、好きかどうかという感情よりかもっと落ち着いた気持ちなんだよなぁ。

でも、こーゆーのが愛じゃないのかなぁと密かに思っていたりする。

(だからミスチルはあの曲名をLOVEにしたにかな?)なんか好きとか好きじゃないとか単純じゃないんだよなぁ。(なーに気持ち悪いこと言ってんのとお思いのみなさん、すみません)

だから、そういう気持ちであれる自分がいて嬉しくなる。

と同時に悲しくもなる。

でも悲しさを感じられる自分がいて嬉しくもある。そういう人が(存在して)いてくれて良かったなぁと思う。(しかし、悲しいことは悲しい笑)

多分こういう感情って自分史上初めてでありまして。

だから、こういう気持ちがもしかしたら一回限りなのかもしれないという思いが強くて怖いのですね。

誰でも好きになれる(人を好きになるのが難しくない)なら、付き合った人を「彼女だから」と大事にできるのならばいいのですが、どうやら私は私が思う限りはそういった人間ではないような気がしています。

周りには、とかいいながらどーせまた誰かを好きになるって、大丈夫じゃろ!とかで励ます(?)私ですが、んー自分のこととなると、いかんせん感覚がわかってしまうのでね。(笑)そんなこともあんまり思えなかったりもします。

でも、好きなものをしっかりと好きだなと思えるのにも時間がかかるんだなぁと。

確かに私が好き放題言ってます(結局、最後にこんなこと言うとかほんとウザったいとは自分でも思う、バカじゃないの?。)が、今までがあったから自分の感覚が掴めたのも事実でございます。

色んな経験とか比較もあった末に生まれるのかもしれません。いや、でも恋とかってはこういう頭でやるものじゃないかもしれません。(支離滅裂)

でも心の底にひっかかるものを引っ張り出して、素直にオープンになることはどれほど清々しく、気持ちのいいものか自覚した気がします。

今まで、そこまでして良いもの(気持ち的にも)か、どうもひっかかっていたのです。ひっかかっていたからこそ底にあったのでしょうけど。

八坂のおみくじでも言われましたが、

素直になること。

思い乱れたままでは誰とでもうまくいかないのです。きっと。

もう焦ることもございません。(焦ることないように全ての可能性を潰したのですから(笑)、例えそうじゃなくても、ゆっくり時間を取ればいいのです)。(潰さないと相手にも結局失礼なのだから。)

まぁそのゆっくりした先が怖いのだけどね。

でも、それは、自分の足りない部分をしっかり磨くべき時間だぁね。紳士であること。

それについては反省しっぱなし。(笑

最近人とうまく喋れてないかなー私?!(笑))

あとは気配りとかね、うん。

いい人間で、魅力的でありましょうな。

自分。

とか、うんうぬ、唸る姿が未来で笑えてりゃーいいけどね!

ありがとうございました。