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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第2幕。

季節病のまとめ

大学1年:夢溢れる。いろんな人に話しかけたくなる。「単位がー」とか「休講がー」とか「切る」とか言いたくなる年頃

大学2年:勉強することが逆にダサいなどと勘違いする。サークルなどで熱心に活動することこそが本業だと勘違いする。

大学3年:華の学年だと思い込む。就活が始まり、OBOGに歪曲した尊敬の眼差しを送る。一流企業に勤めている人=能力がある人と勘違いする。結婚を無駄に意識する。

大学4年:遊び呆ける。

社会人1年:「学生のときは遊んどきなー」とよく言う。「学生に戻りたいわー」「いいよなぁ学生は楽で」と学生の後輩に先輩風を吹かす。無駄に同期を礼賛する。いい職場に恵まれた!と殊更言う。就活のとき無駄に意識した結婚観が遠のく(※遠のかないまま世間を知らぬまま結婚する方もいます。)

社会人2年:「有休?使うっしょ」と社会の中でうまくやっているアピールをする。「不満はないけど、本当にやりたいことなのかな…」とか言い出す。

社会人3年:そろそろ仕事も一巡し、周りの転職事情も聞き焦る。仕事とプライベートの折り合いをつけることに慣れる。

社会人4年:いかに仕事以外の時も、自分のこと、これからのことをやろうか考える。株とか今まで手を出してなかったものに手をつけ始める。こつこつちょっとずつ何かに取り組めば、いつか世界を少し変えられる気がしてくる。(イマココ)遠のいた結婚観が戻ってこない。



半分イメージ。半分経験。

季節病かね。

毎日のめんどくさい「また今度やろう」というモノをひとつずつ潰していけば、世界は変えられる気がしています。


重要だけど、緊急性のないもの。それらはいつも後回し。でも後回しにしてたらもう人生終わるんです。

面倒くさいけどコレやれば、ちょっと世界が変わる。
これを知ってる私と知らない私。
飛び込んでいない自分と飛び込んだ自分。
私が生きてる意味はなんだ。
少なくても今は同じような毎日のために生きてるんじゃないぞ。
日々是新しく。

そう思うと時間がなくてなくてびっくりする。


社会人4年目の季節病ですか。

大学生の時に、「総理大臣になる」だとか「総長になる」だとか「社会を変える」だとか言う人は多かったと思うし、周りでもよく聞くことがあったけど、社会人になってどう。
社会は変えられるか?総理大臣になれるか?

恥ずかしい話、4年目になってYesと答えられるようになってきた気がする。社会を変える気も総理大臣になる気もあんまりないけど。

なんていうか、経路はなんとなく見えてきた。(きっといろんな分野でご活躍される皆さんのおかげで)
仕事をしてても、人が納得するポイントというか、資料というか、どんなものが必要かとか(至極当たり前のことばかりなんだけど)なんとなく感じることがあって。(つまりまぁ、自分が納得できるかどうかなんだけど。いろんな人の立場を想像できるようになったというか。)

想像できない仕事、っていうのがあんまりなくなってきたんですよね。どうにかこうにか広告って分野に携われているからだと思いますけど。

大きい会社から小さい町工場まで見る機会があって。

だから、今は結構いろんなことが想像の範囲の中で起こる。


だからこそちょっと世界を変えられる気がしている。


と同時に僕はもっと知らない世界に行かなきゃいけない気もしている。


これも季節病ですか。