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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第2幕。

一般職 総合職の気持ち的な違い

最近働いていても、いまいち一般職だとか総合職だとか、よく区別がつかずに働いてますが(そりゃ大企業じゃないから?)
実際、同じ時間を割り当て仕事をしているということに関しては大して変わらないんじゃないのと思い始め、
それなのになんでこう、総合職が偉くて一般職だと申し上げにくいような負け犬のような風潮なんなんだろと思ったので書いてみる。
あえて極端に表現しましたごめんちゃい。これからその変わらなさについての仮説を書きますから許してちょ。

言ったとおり、残業とかはとりあえずほっといて、同じ時間を例えば8時間働くとかは同じじゃないですか。
じゃあその能力に違いがあるように思える。
ここが多分一番のイメージの元である気がします。いえ、世間一般は知りませんが、私はそんなイメージです。
偏見書きますよ、いろんなところへ飛び回り、マネージメントもしてバリバリ働くのが総合職、会社の中で事務作業をしてお茶を汲むのが一般職、そんなイメージ。

実際はどうだかわかりませんが
例えそうだとしても、じゃあ総合職の方が実際に上なのか、総合職は偉そうにできんのか、総合職は一般職を内包してんのか、と。



多分そんなことないんです。
同じく働いてる人って(職種において)みんな誰が上だとかなくみんなすげーです。
というか、その場で他の誰かができないことをやってるんですやっぱり。

好きでなったかどうかは知らないけど、
総合職の人に一般職の仕事をやらせてもできないだろうし(出来る人もいるかもしれんが)発狂する人もいるかもしれんし
一般職の人に総合職の仕事をやらせてもできる人がいるかもしれんし(できない人もいるかもしれないけど)発狂する人もいるかもしれない。

なにかを選ぶってことはつまり他の何かを選ぶことができなかったってことだからさ。

例えばイチローさんに野球やってないで会社の経理やってくださいよ!ってお願いしてもできないでしょ。だとしたら会社において価値があるのはイチローさんじゃなくあなたかもしれないってこと。
イチローさんは会社の経理をしているイチローにはなれない。それは自分がメジャーリーグで活躍できないのと同じ意味なんじゃないかと思う。

メジャーリーグ行ってるからって会社で働くあなたより価値があるとは限らない。
一般職、総合職だからってどちらがどちらより上だとかはないし、結局は自分が選んで、その選ばなかった方は「選ぶことができなかった」故の今だから。

ギターを弾くにしても、弾ける人が偉いんじゃなくて、言い方を変えれば、弾ける人は「弾けない自分」を選ぶことができなかっただけであって、「弾ける自分」を選んだわけじゃないかもしれない。
弾けない人は「弾ける自分」を選ぶことができなかっただけであって、「弾けない自分」を選んだわけじゃないかもしれない。
どちらも同値に聞こえるんです。私は。

メジャーリーガーは野球をしない自分を選べなかった。
一般職は一般職じゃない自分を選べなかった。
総合職は総合職じゃない自分を選べなかった。
何か同時に時間を過ごすことは不可能なので、何かを選ぶことは他の選択肢を全て選べなかったことになるんです。
今やってることは、自分が選んだことで、それ以外のことができなかった結果なんですよね。

それなのに、職種に優劣がついて偉そうにされるのは何か違う気がします。

例えば総合職にバカにされたら、「あなた一般職選べなかったじゃない」と。
メジャーリーガーにバカにされたら「お前はサラリーマンを選ぶ勇気もないくせに」とか。

そゆ反論できるよねってことです。
誰しもが今の選択以外の選択肢を捨ててそこにいるはずなのに、あたかも自分はそれも選べたのに私は選ばなかったわ私の方があなたより上でしょ感を出されても、んなこと知らんばーか、って言えばいいんです。


逆に言えば誰しもがイチローがヒットを打つ仕事と同じように仕事をしているんです。


そういえば、アメリカの映画で、土木作業員から一躍シンガーとして(南アフリカあたりで)有名になった人も、土木作業員時代になぜだか必ずスーツで仕事にきていて理由を聞かれると「この仕事に誇りを持っててそれがこの人の哲学だった」だとかってやつがあった気がします。
そんな感じ。


ひとまず気持ちの上では
職種に偉いも偉くないもないよな、ってお話でした。

イチローがヒットを打つように本田がゴールを決めるように私もデスクの前に座るのです。きっと。