handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第2幕。

横断歩道を渡る人たち

 

3週間続けばそれは続くと誰かが言った

3週間と3日目で辞めたくなった僕はなんだ

 

っていう詩を書きたい。(願望)

 

雑念。つらつら息抜きに書きます。

ギターも今まで続けてきて、

これまでよりもFがちゃんと押さえられるようになった気がします。

でもアルペジオはまだまだです。早くテロンテロン弾けるようになったら嬉しい。

 

私は、あんますごいすごい言われることが好きではなくて

いや、好きなんだけど、そこに身を置こうとは思えなくて

一緒にやってこうって人がいる環境が好きだ。

 

あ、どうでもいいんですけど、この前、神在祭の出雲大社に行きまして!

神様パワーをいただいてきました。

神様がちゃんといる時期に合わせて行ったのは今回が初めて。

夜神楽にも参加して、ひたすら正座して自分の

名前、住所(県名)、願い事(選択制)を読み上げられるのをひたすら待ちました。

その日の昼間の受付した人によって読み上げられる人数も変わるのだけど

多分ざっと500人くらい読み上げられたのではなかろうかと思う。

何よりも正座が2時間もできない自分に引きました・・・(笑)

なんつーか、関節的に足首に体重かけられなくて、構造的に無理なんじゃ・・・

的な。(むー、小学6年間、書道で正座してたのにな・・・)

 

また山陰満喫切符を駆使して、島根を回りました。

何よりも発見で、良かったのが、温泉津(ゆのつ)っていうところです。

温泉街もあって神社があってしっぽり夜神楽だったり。

温泉も数少ないオール5(なんのかは忘れました)評価をもらっている温泉で

とっても金属的な匂いのするお湯だったんですけど、情緒があって

とてもよい場所でしたよ。また行きたい。

ていうか出雲には毎年訪れたいなぁと思ったのでした。

 

はい、閑話休題。

 

私、自分が横断歩道渡る時に一緒にいる相手が何をしているかの例えで

その人(性格?)を捉えてる節がある。

そしてそれでほぼその人を想像できてしまう。ってことに気づきました。

 

例えば

反対を見てくれるか

一緒の方向見ちゃうか

スマホいじってそうか

押しボタン押してくれそうか

2、3歩後ろにいるまんまかとか。

つまりは自分がちょっとしたリスクを取るときのメタ化をしているんだと思うし、

それが人と付き合う時の基準になっているのだと思う。

でも具体的にリスクを取る、取りたい、とかって想像しているわけじゃないのに、

そういうことを想定するのは、きっとどこかで、保険をかけたいのでしょう。

何もない状態で、やっていけそうかを見極めたいのでしょう。

 

この中で、前述の一緒にやってこ!って人は

別の方向見てくれる人だったり、押しボタン押しといた!って人だったりする。

いくら私に「横断歩道渡れたね!」「すごいです!」

って褒めてくれる人よりも、一緒に渡る人、一緒に渡れるように動く人のほうが

一緒にいて楽しい。

私に左を預けて、右を見ておいてくれる人

左よろ!右任せて!の関係。

 

2人で横断歩道を渡る

そんな状況の時、あなたの周りの人はどんなんでしょう?

 

というか、そういう人は判断するとまではいかないかもしれないけど

恋人でも友人でも人の性格とかをたとえ話でするときに

どんな例を出したら自分がわかりやすいでしょう?

どんな例を出しやすいでしょう?

それが多分そもそも自分が大切にしていることなんでしょうね。

それが私の場合、横断歩道を渡る(リスクを取りに行く)ことなのかもしれません。

 

あー、よくこんなケースで考えてるかも・・・というのがあったら是非

教えてください^^

単なる興味ですけど!!