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日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

May one Day

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というわけで、今日は東大は五月祭で下駄っぱーずやらなにやらを見てきたのでした。

僕もこのところ社会人2年目を迎えて、心境の変化があるかなー、って気がするので

記しておきましょうね。

思えばさ、

よくさ、団体とか幹部代になって走り続ける時はめっちゃ楽しかったりするのだけど、引退してその団体のOBやOGとなったとき果たしてどんな関わり方をしたらいいもんだろう、ってなります。

んで大体は離れるのだけど、離れるのにもいろいろパターンが、いや、様々な感情が入り混じった感じだと思うのね。こういうことを引退した身から話すとちょっと恥ずかしいかしら?(笑)

でも、そういうこと言えるってことも大事だと思うので、やっぱり進みます。

肉を切らせてなんとやら、です。いくら弱みやダメな所を見せたとしても根底には意志があれば無問題です。

さて

大体のこういった人たち、思考パターンとしては4つ

1.もう引退した身なんだし、現役の子に気を遣わせたら悪いし、私が行っても邪魔だし、みんな私に構ってくれることはないし・・・という感情と

2.(OBOG風を吹かせて)ちょっと離れたところから見守っている私ってちょっとかっこ良くない?引退してあの子たちよりもまた違う次元にいる私っていいよね、だから馴れ合わないわ。っていう感情と

3.いつまでも過去の団体に未練引きずってどうすんの?後ろばっかり見ているようで、そこにすがっている自分がいるようで逆にせつなくなっちゃうわ、だからなるべくなら不干渉でいたいし、そういれることが自分にとっても成長になるの!だから一緒に居ちゃだめなのよー、という感情

4.んーまぁ終わったことだし興味はあんまりないかなー。

かと思います。

なんとなくね、こういう感情があることは察知してるのさ、自分の中で。

だから人もこんな感じじゃないのかな、と憶測しているわけなのだが。

んでね、最近こういう感情とか思考を飛び越えてきている自分がいて。

まぁ、確かに自分が後輩だかの時は、やっぱり先輩がいれば少なからず気は遣うだろうし

いるだけで発言や行動に力があって、場の流れとか空気とか変わってしまう影響力のある存在だったと思うし、それが今自分がOBOGとして遊びに行った結果、果たして全く迷惑ではないかと考えれば、そんなことはないでしょうね。迷惑でしょう(笑)。

風の噂では、ある所では、OBOGに対して成長の機会を奪わないでください!って感じでもあるとか。うむうむ。

だから、確かにこういうところは気をつけなきゃいけないし不干渉であることは心掛けなきゃいけないことだとは思う。

んでもね、最近はもう、「個」の考えになってきて、団体うんぬんかんぬんではなく、私一個人が、そこにいる人達を好きで、そこにいる人達に遊びに行きたいから、そこにいる人達に会いたいから、踊りたいから、話したいから、足を運んでいるのだなぁ、と考えたら、別に特段気を使う必要はあんまりないんじゃないかなーと思い始めたのですね、これがまた。

正確に言うと、気を使う必要というか、(1)、2、3のことは気にすることじゃないよなーって思い始めたのです。後ろめたさなんて感じなくていいじゃない、それを好きだからやってるんでしょ?って。

すがっているんじゃなくて、それが好きでそこにいる人達が好きで楽しい人がいて楽しく思えるからそこにいるんじゃんって。

もちろん現実とか社会とか会社とかから逃げるようにしてそこにいるんじゃなくて。

立派な余暇の過ごし方としてそこにいるんじゃん、って感じるようになったのね。

私の人生、そう過ごしてそれで豊かになっとるやろ、って。

そうやって笑う回数は増えてるんじゃないの?って。

そこからは素直に、自分の好きなように接しようと思えてきたわけで。

肩肘張って先輩風を吹かして距離を置いて無理して(忙しさを醸し出し)後輩たちやらの上に立っている必要性なんかないんだってね。

その団体が!っていうよりもきっと、そこにいる人達がそれぞれ大切な一個人として自分の中に位置づけされてくるようになったのね。

よく考えてみればさ、(別に下駄関係のことに絞るわけではなく)こんなに普通に話してくれて、踊りたいー!って言ったら一緒に踊ってくれる人もいてくれることがあったり、合宿しようー!といったら一緒にしてくれる人もいてくれることがあったり、カラオケー!といったら応えてくれる人もいてくれることがあったり、そしてそれぞれで一緒に出来る人がそれぞれいたり、そういう関係性ってすごく感謝すべき幸せなことなんじゃないかなーと。

ありがたいね。感謝感謝!

だからね

後輩やら同期やら、そしてもう先輩に対してもそうなんだけど、団体があったから繋がっているっていうよりかは、もう今となっては個人と個人の話で、私とあなたが個人のレベルで私にとってあなたが必要で、繋がっていたいから繋がっているのだって感じ。

そこに後ろめたさもくそも発生するわけがない。

例えるなら(先輩には失礼かもしれませんが)「ただただ一緒に飲める友達」として、関係性があるのだと思えば、なんかすごくすんなり受け入れられてきたように感じます。(だからと言ってタメ口HEY!YO!という意味ではありませんが)

だから、まぁ、

もうそういう野暮ったい関係性は終わりです(笑)。

人生を豊かに生きよう。「すがる」でもなく、「すがらないこと」にすがるでもなく。

ただただ楽しい人達とただただ楽しく。

そういうことを考えたここ最近。そして五月祭なのでした。お疲れちゃん!

(五月祭についてなにも触れてない件(笑))