handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

sync

なんか、単純な所属の同期よりも

なんか話が合う人のほうが同期感あったりする。

よさこい一緒にやってる(た?)人がつぶやいたけど

そういう、なんでもかんでもdisれる関係(?)というか、遠慮しないでズバーって言える関係というか

ネタにしちゃう関係というか、でもまじめな時はまじめな話をしたりね。

いくら同時期の同期がいたとしても、同調できる同期できる相手の方がなんだか同期というか

あー一緒に話してて面白いなぁと思う。

早稲田行っても思ったんだよねー。あー過ごした年月はまぁ短いけれども

こういうメンバーとも面白い話できるんだなぁと。

ここにも同期がいるじゃないかと・・・。

昔にのすけ氏に、なんかもう同期みたいなものだな、と言われたときのことを思い出した。

(私が同期と呼ばれるのは恐縮ですがね)

あんまり多少の年齢の差は関係ないのだなぁと。

考え方とか価値観とかやっていることで同期(sync)ってできるんだなぁと。

それはある種、恋愛でも同じかもしれぬね。

同期できる人がいいんですよね、うむ。

ほんとに、コレ

そういう、なんでもかんでもdisれる関係(?)というか、遠慮しないでズバーって言える関係というか

ネタにしちゃう関係というか、でもまじめな時はまじめな話をしたりね。

っていうことかなぁと。

うむ。

あと、今日ふらふらと歩いているときに考えまして(これから絶対的にひとりでふらふら時間は増えるのですが・・・)

いや、hit on してきまして。

例えば、好きになるとか好きとかって

そういう「人」がいるんじゃなくて、関係性においてそうなりうるんだなぁと思いました。

人に絞ってしまうとそれこそ天文学的な、(白馬に乗った王子様的な)話になってしまいます。

どーゆーことか。

んー、好きなのはこの人かな?この人好きだなぁー

と、(厳密に言えば)人を好きになるわけじゃないと思ったのです。

もちろん人を好きである前提は必要です。

でもそれ以上に自分との関係性が自分が望んでいる状態であるかどうか。

じゃないかと。

それが大丈夫だと、いざ付き合っても大丈夫なんじゃないかと、私の場合ね。

だから、付き合ってから関係性を創っていくってこりゃこりゃ難しいなと。(私の場合)

(いやー、今後社会人だからより難しいんですけどね!(笑))

だから、付き合う前にそこの関係性をきちんと付き合っても大丈夫なくらいにしておくことが

大切なんですね。

付き合ってみないとわからない・・・は、私の場合ちょっと難易度が高いのじゃないかと。

付き合う前に全部話せる段階でないと、いろいろ悶々するんじゃないかと。

なるほど、そーゆー結論に至ったわけです。

先の話じゃないけど

そういう、なんでもかんでもdisれる関係(?)というか、遠慮しないでズバーって言える関係というか

ネタにしちゃう関係というか、でもまじめな時はまじめな話をしたりね。

というこれは、付き合う前に、「あー大丈夫」って思えてることがきっと大事なのだな、うん。

そういうところわかってませんでしたね、反省。

常に毎回反省はしてるのだけどなぁ・・・。

そんなんわかれよ!って話ですね。ごめんなさい。

だから、付き合ってからはきっと大丈夫だから

付き合うまでにしっかり時間をかけなさいよ・・・っていうかそこに時間がかかる人なんだ俺は(そこを自覚しろ)っていうことですね。

「付き合う」とか「付き合わない」とかにきっと焦っておった。きっと今まで。

まぁ、そういう感覚を人は「性格が合う」とか「価値観が合う」とかっていう言葉にしているのかな。

だからそういう「好きな人」がいるわけじゃなく(まぁ、ある意味「そういう話ができる人」ていう前提は必要だけど)そういう「関係性をもてる人」が好きになるんだろうなぁと。ふむ。

(伝わるかな?これ?(笑))

しかしまぁ、恋愛なんてこうやって頭で考えるものではないんですけどね!

ちゃぶ台返しのように論理の破綻!(笑))

まぁ、ともかく、いろいろと周りに誰もいない!とか思わずとも

(彼氏、彼女ともなくとも)そこにそういう話が出来る人がいるなぁと自覚できているのはありがたいことなのです。

でも人に依存するのも怖いから、自己は持ち続けるけどね。

考えてみれば、そーゆー話できる先輩もいるし、あんな同期もいるし

と、数えられるくらい人がいるって多分恵まれているのでしょう。

という話。