handmade

日記ですな。私が生きた証。 私が自ら作り上げていく人生。 第3幕。

human

読む本は補給したのだけど、車中今日もテーマに沿って書きたいと思う。

人間というもの、というか社会だ。

世界のはじめ

なーんにもなかった混沌、カオスであったと思う。正確には「認識ができなかった」世界。

そこで世界の整理が始まった。

それを可能にした道具は

【言葉】であり、【名前】だ。

僕らはものを区別して名前をつけて認識した。名前は相対的につけられる。(世の中にブタしかいなかったらブタという言葉は生まれない)

ちなみに、

ヘレン・ケラーは、先天性の病気で二重苦(目と耳)の中でこの法則を見つけた。すべてには【名前】がつくことを。(僕らは生まれてこのかた、どれほど目と耳に頼っているんだろうか…)

そんな始まりから世界は今も回ってる。こんな社会になっているのは人間のチカラが大きい。文明ってやつかな。

でも逆に考えれば…

この社会は所詮人が作ったものなのだ。

人が作ったものって完璧じゃない。いわゆる、イイ加減が存在する。

そう、人間は完璧じゃない。それは面白い所だ。

先日学館地下2階で作業している所にある有名どこのサークルが大人数集まってきた。

作業するのは数人なのに。超非効率だ。

僕の知ってる人はあれは地下2階の名物だといった。

僕は嬉しくなった。

人間完璧じゃないなぁって。そして俺が戦っていける余地があると。

人間でもね、完璧すぎる女の子(男の子)を見かけると僕はダメなところを見つけようとする。それで自分を安心させようとする。親しみを見つけたいんだね。

つまり何が言いたいかと言うと…

言いたいこと

・人間は欠点があったほうがかわいい。そうすると欠点はプラスに働く。(結果欠点はなくなっている矛盾は気にせずに。)ちょっと抜けている友達のほうが仲良くなりやすい。

・誰にでも何にでも社会でもシステムでも人がつくっている(やっている)限りはイイ加減な部分がある。そこは僕らでも突いてゆける。自分はダメだと諦めるのは早い。

ということ。

諦めるには早すぎる。

君には君にしかできないことがある。なにもかも僕と一緒じゃないのだから。